このブログは〝行政発掘〟の魅力を漫画で発信しています!
行政発掘って何!?よく見る遺跡発掘とは何が違うの!?という人も多くいると思うので、できるだけ分かりやすい漫画を描いていけたらと思います。この漫画から見ていただいてももちろんOKですが、〝発掘くつくつ 〜プロローグ編〜〟の方もアップしているので興味があったら是非読んでみて下さいね⤵️

それでは本編に行ってみましょう!
IMG_5801
IMG_5754
IMG_5749
IMG_5752
IMG_5756
遺物12-5 3
IMG_5753
IMG_5748
IMG_5751
IMG_5755

ブログ 項目
寒くなって、日本の食卓で欠かせないのは鍋料理ですが、
実はひとつの鍋を大勢で囲んで食べるのは新しい現代のスタイルなんです。

江戸時代では原則、鍋といえば今でいう大きい土鍋ではなく〝小鍋〟が主流です。
なので見つかる遺物も小さい鍋が出てきます。
(土鍋や大鍋がなかった訳ではないです)
鍋
行平鍋

この理由としてまず、第一に江戸時代は基本的に〝家父長制度〟なので、原則、親子で同じ皿のものを共有するという習慣はなく
家の中で1番偉いお父さんと子供はお皿はもちろん、テーブルも分けて食べるのが基本でした。
食卓
なので、一家団欒でみんなでコタツに入って、ひとつの鍋をみんなでつついて食べるというのは
明治後期以降にちゃぶ台が普及した時の習慣なので、その様子は昭和のノスタルジーを感じて懐かしさを彷彿させますが
実はこの光景は比較的新しい文化なのです。
IMG_5759

そして第二に江戸時代の〝台所事情〟があります。
江戸は非常に人口密度が高い街として発展しました。
狭い長屋にはカマドは少なく、多くの住人と共有しなければなりません。
長屋
カマド

そこで持ち運びが容易な〝七輪〟が重宝されます。
更に、〝火事と喧嘩は江戸の華〟と言われるほど、江戸時代は火事が多いのは知られている事ですが
木製の長屋では頻繁に火を起こす事をできれば避けたい上に、
薪や水は貴重な資源という事もあり簡単に時短でできる鍋料理が重宝された訳です

火鉢をテーブル代わりに囲み小鍋で少人数で食べる鍋料理を〝小鍋膳立て〟といいます。
七輪の火はそこまで強くないので、〝行平鍋〟という浅い鍋をかけちょっとした小鍋を作っていました。
雪平鍋
現代の行平鍋

江戸時代後期には、町の料理屋で小鍋料理が出され、座敷に小鍋膳立てが客に出されました。
独り身の多い江戸では外食文化が発達したことは以前から記載していますが、
食に貪欲な日本人は江戸時代から。様々な鍋料理が出てきます。
鍋 女

〝あさりと小松の煮物〟〝いわしの生姜焼き〟などから、今でいう〝どじょう鍋〟〝湯豆腐〟〝ねぎま鍋〟〝アンコウ鍋〟などなど多くの鍋料理がありました。美味しそうですね。
あさり 小松菜 鍋
イワシの生姜焼き 鍋
どじょう鍋
湯豆腐
また、醤油や塩、味噌なども加えて現代のような鍋料理も確立していきます。

さて、現代ではすき焼きなど、肉料理は欠かませんが江戸時代は原則、肉を禁じていました。
しかしながら全く肉料理がなかったかと言えばそうでなく、〝薬食い〟として〝イノシシ鍋〟や〝シカ鍋〟を提供する〝獣肉料理屋〟(ももんじ屋というらしい)もあったそうです。

※「薬食い」というのは滋養を摂るために「薬食い」と称して肉を食べていた事です


さて、江戸時代に肉を禁じるようになったのは、
江戸時代前期、第5代将軍・徳川綱吉によって施行された『生類憐みの令』により、生き物を食べることが禁止となったからです。

そんな訳で突然、肉料理が禁止された江戸の庶民や、畜産業に関わってきた人達は面食らったのですが
そこは食に貪欲な日本人。なんとか政府の目を誤魔化して食す事を考えます。

次回のコラムでは江戸時代の〝肉料理〟に焦点を当ててみましょう!


✏️発掘くつくつでは漫画を長く描いていく為にクラウドファンディングをやってます❣️魅力的な返礼品も揃っていますので興味ある方は見てみてくださいね⤵️



✏️只今、ウエスティのシニア犬15歳との日常エッセイ漫画 『ちーちゃんですけどもっ』を執筆中です❣️良かったらそちらも覗いてみてね⤵️



🐶第2巻好評発売中です❣️

【POD】ちーちゃんですけどもっ! 第1巻 [ おます ]
【POD】ちーちゃんですけどもっ! 第1巻 [ おます ]

【POD】ちーちゃんですけどもっ! 第2巻 [ おます ]
【POD】ちーちゃんですけどもっ! 第2巻 [ おます ]


😊良かったら読者登録をお願い致します🙇‍♀️